鎌倉時代から始まる嫁が夫の家に入るという風習

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挙式を神前で行い、披露宴を飲食店で開く結婚式は大正の時代には一般庶民の間でも行われているという記述も見られますが、これは東京や大阪の一部のことですね。

地方では当然のように新郎の家で結婚式が行われていましたが、明治時代までは嫁が夫の家に入っても実家の姓を名乗る慣習がありました。

しかし夫の家を相続しなければならないケースもあり、その時に実家の姓では不都合なこともあって次第に夫の姓に変わるようになったそうです。

なぜ日本の結婚式が家と家の結びつきを大切にするのかというと、これは鎌倉時代まで遡る必要があります。

鎌倉幕府はご存じのように武家社会が実権を握っており、質実剛健、家父長制の成立した時代でもあります。

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家長である男性は家から離れるわけにいかず、そのために嫁を取るようになったこと、また武士である以上、いつ戦に出かけるとも限らず(なにしろ、この時代に「いざ、鎌倉」なんて言葉が生まれたのですから)、そうなれば生命を落とす危険もあるので、嫁を取って早く跡継ぎを作るという義務感もありました。

また武家社会は礼法を重んじた時代でもあります(もちろん、その背景には乱世を安定させる方策として道徳心を植え付けるために礼法を広めたという理由があるのですが)。

挙式に関しても嫁入りの厳格な儀式があり、夫婦の式三献はこの時代に生まれています。

その後の江戸時代から現代まで続く日本の堅苦しい儀式は、鎌倉時代の武家社会からずっと引き継がれているものなのです。

武士って、意外と細かくてややこしい連中だったんですね。

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