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平和的願掛けはお釈迦様に

神様という概念じたい、土着性が強いので日本の神道が宗教ではないという定義は世界中の神様を否定する行為でもありますが、宗教論になると長くなるのでここでは願掛けする神様、仏様の話に戻すことにします。

まずは仏教。開祖はお釈迦様とされていますが、仏教の宗派にはいろいろな考え方があります。

お釈迦様1人が仏教を作り出したわけではなく、それまでに悟りを開いた人(これを仏陀という)の累積した修行の成果だという説や釈迦そのものが輪廻転生を繰り返して生まれ変わった仏陀の姿だとか、とにかく宗派によって違胃があります。 続きを読む 平和的願掛けはお釈迦様に

願掛けは仏教でも神道でも構わない

願掛けをする時、「神様、仏様」とよく耳にします。

願掛け、どちらにしたらいいのでしょう?

結論から言うとどっちでもいいし、両方に願掛けしても構わないのです。

日本は古来、八百万の神に代表されるように神道の国でした。

しかし西暦552年に仏教が伝来すると仏を「蕃神(ばんしん:隣の国の神という意味)」として崇めるようになります。

また神道は地域性と土着性が高く、全国的な普遍性がないことから仏教が統一的宗教として広まって行くと神道は仏教に歩み寄り、神様は仏教で解脱して神になったと説く神社が登場します。

また仏教も神道に歩み寄り、神道の神様を祀るようになりました。

これが神仏習合。

江戸時代に入ると神様は仏の道から神様になったのではなく仏は仮の姿という教えの神本仏述説が広まり、やがて明治時代に入ると神道国教化の目的から神仏分離令が発せられますが、時はすでに国際社会、西洋諸国が宗教の自由を認めろ(主にキリスト教ですね)という圧力から神仏分離令は明治10年に早くも廃止、代わりに新党は宗教ではないという見解が下されました。

つまり宗教家や政策によって神様と仏様がくっついたり離れたりしているだけで、いろいろな神様や仏様がいるということに変わりなく、したがって神社でも仏閣でも、どちらで願掛けしても構わない、ということですね。

願掛けで実現した京都の飢饉救済

京都で起きた御所千度参りの続きです。

天皇や貴族が幕府の政策に口を出すのは禁中並公家諸法度違反になるので、どれほど御所千度参りをしたところで政策が変わるわけではありませんし、庶民がそれを知らないわけでもありません。

それでも庶民が御所千度参りをした、ということはそれだけ幕府に対する信頼が薄かったことでもあります。

最初に動いたのは現在、最後の女帝となっている後桜町上皇。

時の光格天皇はまだ10歳になったばかりで、二代前に当たる後桜町上皇は光格天皇の指導など後見人的役割を担っていました。 続きを読む 願掛けで実現した京都の飢饉救済

大飢饉の年に起きた御所千度参り

お百度参りぐらいでは願掛けが通じない、やはり本気で願掛けするなら千度でなければ。

その事例が御所千度参りです。

時は江戸時代の天明7年。

天明と打ちこわしが有名ですね。

とくに7年は冷夏や浅間山噴火、江戸の大洪水に加えて政策が庶民と富裕層で格差が大きかったことから飢饉や不満から江戸の町では大暴動が起きた年です。 続きを読む 大飢饉の年に起きた御所千度参り

日本人なら一度は聞いたことがあるお百度参り

お百度参り。

この言葉を聞いたことがある人は多いはず。

強い願い事がある時、神社仏閣で100回お参りすることですね。

気が向いた時にフラッと神社仏閣に行って合計100回だから、ではお百度参りにはなりません。

まず神社仏閣の入り口から拝殿・本堂まで行き、正式な参拝と願掛けを行い、入り口まで戻るまでを1回とし、これを連続して1日100回することでお百度参りとなります。 続きを読む 日本人なら一度は聞いたことがあるお百度参り