冷徹人事で自分を滅ぼした信長

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結局、織田信長は天下統一を目前にして本能寺で焼き討ちに合い、自害してしまい夢は潰えてしまいますが、やはりこれも烈火の性格を持つ信長ならでは、の結末といえるでしょう。

この結末にも商売に関わる大切な要素が絡んでいます。

本能寺を焼き討ちしたのは信長の重臣のひとり、明智光秀。

羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の毛利征伐支援のために出陣する途中、京都に入った段階でいきなり「敵は本能寺にあり!」と指揮、同じく毛利征伐支援のために本能寺に宿泊していた織田信長を襲撃した話はあまりにも有名ですね。

ただし、なぜ明智光秀が主君の織田信長に対して謀反を翻したのかは未だ、分かっていません。

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諸説ありますが、その中のひとつがノイローゼだったんじゃないか、という話。

織田信長、家臣にも烈火の性格を発揮、結果を出さなければすぐに処分するという冷徹人事を行ってきました。

明智光秀はその有能さを買われて高い信頼を勝ち得ていましたが、その反面、後年になると羽柴秀吉を重用、その補佐的な役割を命じられることが多く、そのストレスや不安からノイローゼとなり、刹那的な行動を取った、という推測ですね。

もちろん、そんな簡単な話ではありませんが、当時の明智光秀は55~60歳前後、当時としても長命ですが、現在でも会社務めなら定年を迎える歳。

男性でも更年期障害からノイローゼになる人も最近は多く見かけます。

商売繁盛のためには仕事のできる部下であっても監視を怠るな、という教訓ですね。

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