日本の神は自然への畏怖から生まれた

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最初の言挙げで登場するのが大和武尊命(ヤマトタケルノミコト)。

慢心を言葉に出したことから命を落とすことにつながり、言葉に込めた慢心という意思が悪い方向に導くことになるという言挙げになるのですが、ここで言挙げと少し離れ、日本神話の話を。

大和武尊命が死亡するのは荒ぶる神の退治が目的だったことですが、ここで、なぜ神を神が退治するのか、という疑問ですね。

これ、一神教ではありえないことです。

神は唯一無二、絶対的な存在ですから。

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キリスト教では悪魔という存在がありますが、これは元来、天使で神に逆らったことにより神の逆鱗に触れ、神の命令によって他の天使が総動員で悪魔を駆逐、千年溶けない氷の中に閉じ込めます。

まさに正義と悪の戦いですね。

日本神話における神には荒ぶる神がいて、これが厄をもたらすことから神が荒ぶる神の征伐に乗り出します。

しかし、この荒ぶる神、じつは反面で人々に幸をもたらす存在でもあるのです。

荒ぶる神、とは風の神や火の神、山の神、水の神、などですね。

つまり自然。

火の神は大地を焼きつくしますが、その後に肥沃な土地を残します。

水の神は川を氾濫させることもあるけれど、普段は水の恵みを与えてくれます。

自然の驚異を畏怖と捉え、それを鎮圧することが、神による荒ぶる神の征伐なのです。

一神教のように正義と悪の戦いではなく、自然すべてを神と崇めて受け入れる考え方が、日本人の根本にあるわけですね。

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